冷え症の悲しみ、改善されない冷えについて

冷え症という言葉が一般的になる前から、たぶん冷え症です。

というより、体が冷たいのは当たり前だと思っていたので、冬でも手が暖かい人がいるのを知った時、衝撃でした。

自分はといえば、布団に入っても布団に体温を奪われ、湯たんぽを入れても湯の暖かさを布団に奪われるという始末で、何をしても(もちろん体質改善的なものも含みます。葱や生姜を摂る事など)、はっきりいって何の効果もありませんでした。

高麗人参冷え性も飲んでみましたが、これは少しは効果があったように思いました。

ちなみに私のいる部屋は、暖房を付けようが真夏であろうが、一年中鍾乳洞のようになぜかひんやりしています。

たまに気持ち悪がられますが、これも個性です。

最近はもう開き直って、風呂場で足をさする、気づけば手をこすり合わせている、などまるでおばあちゃんの様な行動をしてしまいます。

もう、どう思われるかなんてどうでもいいんです。

昔話ですが、腹巻をしてスキニーの下にスパッツを履き、ふられかけた事すらあります。

しかし、人様にどう思われようとたとえ好きな人に嫌がられようと、腹巻をしないで過ごすなんて、冷え症には一種の拷問です。

デートの前にお手洗いに寄って、こっそり腹巻を外していた若い日の事が懐かしくも愚かしくもありますが、今でも私は真夏でも就寝時でも腹巻をしていますし、冬なんて二枚重ねています。

人にどう思われてもいい、長年連れ添った冷え症と共に人生の道をゆっくりと確実に歩みつつあります。

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